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管理人と還暦
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『還暦』はどう言った事柄なのか。まぁ、人並みに知っているつもりでした。
僕が還暦と深く関わり合う事になったのは、父が還暦を迎えた年です。還暦と言えば赤い"ちゃんちゃんこ"と相場は決まってると思っていました(取り敢えず?)。でも、単にソレをプレゼントしても面白くないと思い、服飾の専門学校に通っていた事もありましたので、「赤いダウンベストでも作るか、、」と考えたのが父の還暦の1年前。
でも、お祝い自体を軽視していた事もあり、あと2ヶ月、そして1ヶ月と作る準備さえせずその日が近付いて来ました。
そんな時、母から連絡があり「サプライズしたいから帰郷してくれないか」との事。
地方から単身上京していましたので、平日(ウチは誕生日に還暦祝いをした為)に祝う為に帰郷するのはサプライズにもなり、喜んでもらえるからとの事。
あまり行動派ではない母がそんなサプライズを企画し、料亭を隠れて予約して、人生の節目の『還暦』というのは大きなイベントなんだなと実感しました。
結局赤いダウンベストは探し歩いた末、春物の中に残されていた商品を見付け買う事に。
赤い頭巾の代わりには赤いチェックの渋いハンチングを。
海外では、60歳にダイヤモンドを送る事にちなんでダイヤモンド富士の絵を書き、その中に言葉を添えました。
「険しい道も 美しい景色を眺めるためにあり 振り返れば その道には 花が咲いている」という言葉です。
これまでの人生を表賞する意味合いで考えましたが、特に著作権など設けていませんので宜しければご使用ください(笑)。
あとは、姉夫婦から花束や諸々のプレゼントがあり、子供4人(義理含む)協賛で旅行券ですね。
当日、子供達がいる事など知らない父は、料亭に登場するなり待機していた僕らに驚き、目に涙を浮かべていました。
今でもそれはとても印象的に残っています。
先にも出ましたプレゼントの総攻撃は母も知らない事でしたので、僕らの総攻撃で泣いたのは母でした(笑)。
そんなこんなで、父には良い思い出になりましたでしょうし、僕らにとっても家族の良さを再認識する貴重な時間となりました。
家族円満かとも思われるでしょうが、ここに来て家族の問題としてありがちな問題は人並み(家族並み?)にありました。
けど、この還暦祝いで切れてしまいそうだと感じた事もある家族の絆も、その数時間の内にみるみる修復し、むしろ強くなった様に感じます。
長くなりましたが、
最後に両親が、『思えばここまであっという間だったね』という言葉が妙に恐ろしく感じ、ゾッとしました。
50歳なら50歳、60歳なら60歳、そこまであっという間だったかは、その歳にならないとなかなか感じる事はありません。
出来る事は出来る内に。大切な人への思いや感謝を日々形にしていかなくてはいけないと思いました。
後悔しない為に。
管理人
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